「時計趣味」×「サラリーマンの司法試験(予備試験)挑戦」×「(凸凹)遠距離夫婦生活」×「スポーツカーライフ」

長谷川豊氏と高須先生

昨日はグランドセイコー・SBGR051、Cal.9S65、自動巻。

昨日は何日かぶりに晴れました。このGSみたいにシルバー仕上げの文字盤の時計というのは、3針のレギュラータイプの時計としてはけっこう定番の部類に属するわけだけど、この写真のように晴れた朝の青空にかざすと、文字盤が爽やかなブルーに見えます。私はその光景がとても好きです。

天気が良くなったお陰か、昨日と一昨日のような目眩はだいぶよくなり、今日は普通に勤務ができましたが、それでも会社のイスに座ってる時はふらつくというか、平衡感覚が定まらない感じが若干ありました。

夕食は立ち食いでないお蕎麦屋さんで天せいろ……。

帰宅時刻↑。

帰宅後はクリーニング屋さんに行ったり、ゴミ捨てをして部屋の掃除をしたり、洗濯機を回したりと色々。
でも机に向かう余力はなくて、そのままフトンに入りました。

<ニュースより>

今日はちょっと長いです。

透析中止の女性、死の前日に「撤回したいな」SOSか、夫にスマホでメールも – 毎日新聞

これは本当に胸の痛い事件だと思いました。
「患者さんの死」という結果に至ってしまうまでの間に、医師と患者さんの間でどんなやり取りがあったのかは現状ではあまり具体的に分かってはいないので、一方的に医師を責めることはできませんが、最後のLINEでのメッセージは……。きっと、とてもつらかったのでしょうね。どうにか救えなかったのか。とてもやるせない、切ない気持ちになりました。

ところで、この件に関して、元フジテレビアナウンサーの長谷川豊氏がブログで以下のような記事を書いていますね。

・「人工透析なんてつなぎだよ」そう言える日本にしよう! 透析を中止を選択した女性が死亡 ご主人が何とか出来なかったか苦しんでいるという記事。僕の思いを綴らせていただきます。 – 本気論 本音論 長谷川豊公式コラム

長谷川氏と言えば、もともと、かつて人工透析の患者について「自業自得の透析患者なんて全額実費負担にせよ!無理だと泣くならそのまま殺せ!」などと題したヘイト記事を書いて炎上したという、香ばしい経歴をお持ちなのですが、今回の記事を改めて読んで、相当控えめに言っても「本物のクソなんだなこいつは」、と思わざるを得なかった次第。笑

長谷川氏の投稿は、まず上掲の毎日新聞の記事を引用するところから始まる。そして、記事のトーンが医師に対して批判調であることが癇に障ったのか、「この毎日新聞の斎藤という記者の一方的な思い込みで断罪できるほど、現場は簡単ではない」、「取材不足な上に人の話をロクに聞けない人なんだろうなぁとはもちろん思いますが」などと言って、毎日の記者を罵倒・個人攻撃しつつ、医師擁護を展開します。しかし、その根拠は「現場は簡単ではない」とかそういう抽象論だけで、それ以上の具体的な根拠は一切示さない。

その後は、件の自身のブログでの過去のヘイト記事の炎上案件について「あーのこーの」と言い訳をかましつつ、「人工透析なんてつなぎの医療だから、腎移植を進めよう!」という持論(?)を展開して終わる、という流れ。

……結局こいつ、過去のヘイト記事の件から何も反省してないんじゃん、ということがよく分かる内容ですね。今回の、とても悲しいケースを通じても、何かを訴えたいというよりは結局、過去の炎上案件の言い訳をして自己弁護を図るキッカケとして利用しているだけにしか見えない(後でちょっとだけ触れるけど、選挙のためかな?)。

上掲の毎日新聞の記事についてだけど、私は別にこの記者が「思い込みで医師を断罪」しているとは思わない。
旦那さんに助けを求める最期のLINE。きっと病棟でも同じように助けを求めていたはずなのに、彼女が結局助けられることはなかった。病院内での細かいやりとりはまだわからないとしても、痛み苦しんで、自分の判断を悔やみながら死んでいったのかもしれないと思うと、私は涙が出るくらい悲しかったし、「これは、どうにか助けられなかったものか?」とシンプルに考える。それは人間として普通の感覚なのではないでしょうか?
おそらくこの毎日の記者も、同じことを思ってこの記事を書いたのではないかと思うし、その感覚は私にも理解できます。しかしながら、長谷川氏にはそんなことは理解できないらしい。

もう一つ言っておきたいこととして、当たり前ではあるけど医師と患者の関係は対等などではない。医学知識にも差があるし、気の弱り、加齢、または精神の疾患などで、論理的な判断ができにくい患者さんもいる。私たちのような健康で判断力のある人の基準を強引に当てはめて、「医師が患者に説明した結果、患者が自分で決めたことなんだから自己責任でしょ?」なんてロジックを押し通そうとしたところで、意味のないケースもある。
今回の件に関して言えば、医師側には透析医療の中断について、何やら確固たる「持論」のようなものがあったらしいことや、透析をやめた後の「こんなに苦しいのなら…」という患者さんの発言から言って、医師が患者さんに対してなんらかの働きかけや誘導を行い、透析中止を判断させた可能性があり、また尿毒症の苦しさをどの程度正確に患者さんに理解させていたのかも怪しい。
ネット上でいくつかの記事を読んだだけでも、上で書いたような状況は容易に推察できるわけだけど、それを見ても長谷川さんって何も感じない人なんだね、と私は思いました。

思うにこの長谷川さんって、過去の諸々の発言から言って、ナチズム的な差別主義・優生思想の持ち主であることは間違いない。健康で一通りの判断力もあり(←判断力はともかく「知性」があるかどうかは知らんが笑)、一定の社会的地位も得ている、そういう自分の目線でしか世の中を見られない。
しかし実際の世の中には、そういう一般的な健康な人とは異なる人たち − 病気の人、年老いた人、様々な理由で判断力が低下した状態の人たちなど − が沢山いるわけです。そして、将来私たちがそういう立場になる可能性もある。そういう人たちには、健康な人たちの側から手を差し伸べるなどして全体で助け合う、というのが今日的な社会のあるべき姿だと思います。
しかし、その反対に、ナチや戦前の日本がそうであったように、「健康な一般的な人」の観点から見ると落伍しているように見える人たちを「社会全体の発展を阻害するもの」として切り捨てるような考え方も、(現代ではネトウヨ層などを中心に)やはり根強くある。長谷川氏に関しても、先の「自業自得の透析患者なんて全額実費負担にせよ!無理だと泣くならそのまま殺せ!」という記事は、まさにそういった考え方に基づくものだし、今回の件で、患者さんの弱さに思いを致すこともなく一方的に毎日の記事及び記者を罵倒していることを通じても、結局は「この判断力が少し弱そうな病人のオバチャンになんか構っていられるか」という発想が透けて見えてしまう。結局のところ、氏の考え方の本質は全く変わってないんだな、ということだと思います。

ちなみにこの人、日本維新の会から国会議員候補者の公認を受けており、一昨年の衆議院総選挙では落選したものの、今夏の参院選に再び出馬予定です。こういう人間が国会議員になろうとしていることと、日本維新の会という政党はこういう人間を議員候補者として推しているのだということは、ぜひ心に留めておいた方がよい思います(ちょっと顔がかっこいいとか、TVでの知名度とか、そんなのに騙されちゃダメだよ!)

長谷川氏に関する内容が長くなってしまいましたが、一方、ネトウヨ界のエース(?)の一人、高須クリニックの高須先生は、この件についてツイッターで以下のように発言されています。

高須先生については、普段のTwitter上での超右翼的な発言には全くもって賛同しかねるものの(笑)、Twitter上でのこの一連の発言には、医療に関わり患者に向き合っている人としての優しさを感じました。

言い換えれば、これが「本物」ということなんだろうな、と。

この点、今回の記事で取り上げたもう一人の方については、あえて触れることは致しません。

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